婚活について少し掘り下げてみた

 

近年よく聞く“婚活”という言葉だが、人によって解釈はさまざなようだ。
女性のなかには“彼氏募集中”を標榜することを、婚活という理解で話をする人もいるし、婚活をビジネスにしている会に入会したことで“私は婚活中”だという人もいる。

スポンサーリンク

では基本的な婚活の語源はどこにあるのか、ということにちょっと触れてみたいと思う。
これは2007年11月5日号のAERAによって世に出た言葉だった。社会学者の“山田昌弘”氏が、就職活動になぞらえた造語であって、後にはジャーナリストである“白河桃子”氏と2008年に共著で“婚活時代”を出版して、19万部というベストセラーを記録した事は、かなり記憶に新しい。
執筆の趣旨としては“結婚できないけれどしたい”人たちをサポートする”、ということだったと、ご本人はおっしゃっている。

ではなぜ“結婚できない”といった事態が起こるのか、という問題なのだが、女性が求める男性像、特に収入面での開きが多大なのではないかと裾くができる。
40歳までの(いわゆる“アラフォー世代”)結婚適齢期の女性にリサーチをした雑誌があったが、年収500?750万円と言う事が重要な条件になっているようだ。
しかし現実的にその条件を満足させてくれる男性は、結婚適齢期を50歳にまで広げてみても、僅かに4,9%に過ぎないという大きなギャップがあることが現実なのだ。

このために、若い女性たちは“合コン”と称されるお見合いパーティーもどきに参加して、この条件を将来的に満たしてくれそうな相手を物色するということに、かなり努力?をはらったりもする。また、もう少しアダルトな年齢になると、婚活をビジネスにしている企業に会員登録をして、企業が開催する“お見合いパーティー”に参加をして、条件にあう男性を探すという行動をとることになるようだ。

結婚という、人生で最も大切になるパートナーを得るためには、それ相応のエネルギーを使わなくてはいけないのだが、それをある意味で人任せにしてもいいのか、と言う批判も或ことは確かだ。
しかし、現実的に人が日常生活を営んでいる時には、その行動の範囲はかなり決まった範囲でしかない事は事実だ。
そしてこの事実は、“決まった男性との出会い”しか得ることはできない、という現実になってしまうのだ。

これは、例えは悪いのだが自分が育った環境と、自分の持っている能力をそのまま反映していることになる。つまり例えば“慶応大学”を出て、F・TVに女子アナとして入社することができれば、年収750万の男性は周り中にいることになり、ある意味では“選び放題”になるのだ。

しかし、自分の学力が足りずに慶応大学に進学できずに、そう言う環境に身を置くことができなかったがために、周りにはそういう男性がいないということになっている事実が多いのだろう。

では、慶応大学を出てF・TVの女子アナにならなければ、希望を叶えられないのかといえば、それはゼロではないと思う。
出会いのチャンスを作れば、それは可能だからだ。
ビジネスとしての“お見合いパーティー”に参加することも、大きなチャンスになることは事実だ。

自分の育った家庭の事情で、自分自身には能力があるにもかかわらず、希望する道に進めなかった女性も、そうではなくこれから人生を共にする男性を見つけることができなかった女性にも、等しくチャンスはあると思って良い。
ただし、こう言ったパーティーに参加してくる男性には、やはり同じように何かしら問題点があって、現時点でパートナーとなる女性を見つけられずにいるという、そう言った事実・現実をしっかりと認識して、パーティーに望むべきだろう。

さらには、もしそこで希望する条件の男性とであったとしても、自分がその男性に見合った女性であることが必要とされる。
自分を、しっかりと、確かに表現できる能力を持たなければ、結局なんにもならないことになる。

また、そういうイベントに参加してみて、改めて自分が持っている条件が高すぎるということを認識できれば、これもまたひとつの収穫になるのかもしれない。
婚活は、決して人任せにすることではなく、もう一度自分自身を見直す大きなチャンスなのかもしれない。

こうすれば、八割の女性から及第点をもらえる?「アンアン」セックス特集

スポンサーリンク

この記事のタイトルとURLをコピーする
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

この記事へのコメントはこちら

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメント送信」ボタンを押してください。