株式投資の歴史と現在の状況

 

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1980年代、日本を沸かせたバブル景気によって、機関投資家はもちろん、多くの個人投資家を生み出して株式投資へと向かわせました。やがて、バブルの崩壊と、それに続く失われた20年で日本人の多くが自信を失い、また国内産業も海外への工場移転が雇用の悪化を招き、経済の長期低迷が続きました。

しかし、2012年の衆院選に勝利した自民党政権が新たに打ち出した、いわゆる『アベノミクス』によって、再び、日本人の目が株式投資へと向かい始めています。

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歴史的背景

15世紀末、スペインやポルトガル、イギリスといった西欧の列強が大西洋に乗り出し、貿易の拡大を図るようになります。いわゆる大航海時代です。航海技術に乏しい帆船の時代でしたから、自然の猛威や海賊の横行など、大変な苦労をしながらヨーロッパの各国は未知の世界へと進出していきました。

そんな中、アジアとの貿易を活発化させるため、1602年にオランダ東インド会社が世界で初めて株式会社として設立されました。株式会社とは、一定の株券を発行している会社で、株券の発行によって多くの出資者から資金を集め、それによって工場の新設や設備を増やしていこうとするものです。

17世紀初頭の大航海時代というのは、航海によるリスクを伴うことから、船主のリスク軽減のために出資者を募り、航海に成功すれば出資した金額に応じた利益を分配しようという仕組みです。

投資から投機へ

株式会社の仕組みは大航海時代の当時とあまり変わるところはありません。日本では明治維新の中心的役割を担った坂本龍馬も株式制度を使って薩摩藩から出資金を集め、亀山社中(後に海援隊と改名)を立ち上げて、海軍を作ることに尽力しています。

その後、民間銀行である「第一国立銀行」が日本で初めての株式会社として明治6年に設立され、元々、金融商品取引法(旧証券取引法)で認められた特別法人であったものが、徐々に株式会社へと移行していきます。また明治11年には東京と大阪で証券取引所が誕生しました。

株式会社が発行する株券は有価証券ともいい、世界で初めてオランダ東インド会社が有価証券を発行するようになると、世界中で証券取引が活発化していきます。資本主義経済における証券取引は、資本の運用と資金調達には欠かすことができません。債権や株式の取引を取引所に行わせることによって、安定した価格形成や流動性の向上を目的としたのです。

出資者にとって株式の投資は、当時は配当金が目的だったのですが、やがて証券取引による利益を目的としたものに変わり、プロと呼ばれる投機筋の間で投機熱を帯びていくようになります。人気のある株は、購入されると株価が上がります。逆に人気が低いと、株価は下がります。先物取引など経済の需要と供給のバランスが生み出す差額を利用して利益を得ることになります。

株で儲けるには、売りたい人が多くて株価が下がったときに安く買い、買いたい人が多くて株価が上がったときに、より高く売ればいいのです。もちろんすべての取引で利益を出すのは難しいですが、このようにして株式投資は投機へと変わっていきます。

証券取引

証券取引所に株式を発行して、株の売買が行えるようにするためには、審査を経て認められ、上場しなくてはなりません。上場しようとする会社は、出資者である株主たちの利益保護のため、過去に一定額以上の利益を上げていること、会社の財産が一定額以上であり、公開されている売上や利益、営業成績の信頼性などの審査をクリアして、上場するための必要条件を満たす必要があります。

投資家の売買注文は、そのほとんどが証券取引所に集まり、公正で透明性の高い取引制度のもとで成立しています。株券の発行は商法によって株式会社に義務付けられていましたが、IT化の波は株式市場にも押し寄せ、ペーパーレス化で株券は廃止されました。

現在の株式市場は金融システムの安定化をめざし、経済の停滞を抜け出すため、株式市場の改革を図ろうとしています。

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