ワンピースから読み解く現代とそれを生きる力

   2014/10/18

この記事の所要時間: 1012

 週刊少年ジャンプで連載中の漫画「ワンピース」は、悪魔の実の能力「ゴム人間」の力を持った少年「ルフィ」が主人公の物語です。ルフィ率いる麦わら海賊一味を中心に描く冒険ロマンであり、“勝利”・“仲間”・“夢”など、少年漫画の王道を行くテーマがいくつも掲げられています。
 「なぜワンピースがこれほどまでに人気なのか」。この様なテーマでの議論や評論は数多く存在します。ネットでは辛口評価が目立ち、世間一般やメディアでは高い評価の印象を受けます。また、ビジネスや人生の教科書としてワンピースを取り上げる著書も多いようです。今やワンピースはただの娯楽の一環ではなく、読んだ人間が成長したり、或いは何かを取り戻すきっかけの一つにもなり得る、革命的な力を秘めているものなのです。

 筆者なりにワンピースが幅広く受け入れられている理由と、受け入れられるストーリーの中にある、現代に通ずる“何か”を読み解いてみたいと思います。
 

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お決まりの王道展開が分かり易く入り易い

 戦って勝利し、時に笑い時に涙する王道の漫画が指示される理由は単純にその分かり易さが好感を呼んでいるものと思われます。いつの時代にも存在した典型的なヒーローもののような、「最後には正義が勝つ」という展開は結末がわかっていても盛り上がるものです。
これに対し、この様な王道展開を否定する声が多いのも事実です。ワンパターン、マンネリ、お涙頂戴など…。漫画に深みや意味性などを強く求める人にとって、この様な展開は少し物足りないのかもしれません。ですが漫画にとってこの様な単純でわかり易いといった要素は非常に大切だと思います。頭を唸らせ、次の展開が裏の裏をかくようなストーリーというのも読みごたえがあるでしょう。ただ、少年漫画というジャンルにおいて、紆余曲折の後悪に打ち勝つという単純明快で感動のあるストーリーが子供たちの心にどう響くか、それがいかに意味を持つのかを捉えて頂きたいと思います。
大人たちの評論は、いつだって「上から目線」です。「こうあるべき」や「こうでないから駄目」。主観や決めつけが大半と言っても過言ではありません。そもそも評論、評価とはそういうものだと言われればそれまでですが、ワンピースはあくまで少年漫画です。勿論、少年漫画という枠を超えた人気を持ち、幅広い年代層の方が読んでいる漫画ですから、色々な角度から捉えるのもまた人それぞれでしょう。少年漫画という本来あるべき姿として捉えた時、ワンパターンなお決まりものであったとしてもそれが批判されるポイントなのかどうか疑問に思います。
 
 

主人公ルフィの性格が独特である

 麦わら帽子がトレードマークのワンピースの主人公「モンキー・D・ルフィ」。この物語はルフィが海賊王を志したところから始まります。ルフィの性格は実に破天荒。豪快な食事シーンやおとぼけシーンがあったかと思えば、戦闘においては天才と言わんばかりの才能を持ち、そのずば抜けたセンスと能力で幾多の強敵を倒していきます。
旅先で出会った仲間、人々との心の交流が深く描かれ、ルフィがその心を救う印象的な一言を放ちます。そのシーンを一つあげてみましょう。仲間の一人の考古学者「ロビン」を助けるため、麦わらの一味がロビンの前に表れた際、ロビンは一味を巻き込みたくないが故その助けを拒み、死を望みます。しかし、ルフィが言い放った言葉は
 

 「生きたいと言え!!!」(集英社:ワンピース41巻 第398話「宣戦布告」202ページより引用)

 
 死を望むといった仲間に対してその正反対の言葉を求めたルフィのセリフは、ロビンですら気づいていなかった真の気持ちをついていたのです。「死にたい」と言った相手に「生きたいと言え」と命令口調で返す。通常であれば無神経とも言われかねないセリフですが、思ったことを裏表なく思ったままに放つルフィだからこそ、言葉が歪んで捉えられることなく真っ直ぐに相手に伝わるのでしょう。
ワンピースという漫画の特徴として、主人公であるルフィの心理的な描写が一切ありません。というのも、作者である尾田栄一郎氏本人の意向によるもの。ルフィの気持ちは全て吹き出しを用いて言葉にして表わされています。思っていることが全て言葉になって表れている、これほどわかり易いことはないでしょう。思ったことをそのままに、周りなど関係なくストレートに表現する。現代人に欠けている要素ともいえ、どこかでそうしたいと願っている人々の望む姿でもあるのかもしれません。
しかし、一方では突然寝てしまったり、怒りの矛先が仲間に向いたりと傍から見ると理解不能な行動を取る場面もしばしば。この両極端な性格もルフィならではといったもので、良くも悪くも「素直」な性格であると言えます。素直であるが故、トラブルに巻き込まれることも多い様ですが…。
 
 

社会的正義が必ずしも真の正義でない。また、時には社会的悪の中にも正義が存在する。

 ワンピースの世界において「海軍」と呼ばれる社会的な正義の役割を担う組織があり、政治的役割や世界の治安を守る役目を持っています。しかし、この海軍の中にはいわゆる悪代官の様な悪者も存在し、時には海賊と裏でつながって民を苦しめる側にまわっています。そしてルフィ達麦わらの一味を含めた「海賊」。
この世界でも悪者として扱われる海賊ですが、麦わら一味を始めルフィの恩人である「シャンクス」、強大な力を持ち仲間達から“親父”と慕われる「白ひげ」など、社会的には悪者である海賊達が善人として描かれていることが非常に多いのです。むしろ、それはこの漫画の一つのテーマともいえ、海賊という社会的悪な立場でありながらも自らの信念を貫きその正義を信じる、本当の正義とは何かを問いかけている様な気がします。
ここにも現代社会に通ずるものがあるのではないでしょうか。現在の日本の政府が悪とまでは言いませんが、あの政治体制を見ていて希望や期待を抱く人は果たしているでしょうか。首相が次々と変わり、マニフェストがまるで口約束の様に扱われ、国会の中だけで行われているかの様な政治に国民は置き去りの様なあり様。警察の不祥事、議員の不祥事、国家機関の乱れ。国民は「どうでもいい」と半ば諦めの境地でいる一方で、「誰でもいいから何かを変えてほしい」とも願っているのではないでしょうか。
その対象は別に社会的悪でなくても構わないのです。ワンピースの世界ではわかり易い構図として「海賊」という悪者の立場を利用しているのではないでしょうか。現実世界でもそんな存在の登場を渇望している国民がいるのです。
 
 

「絶対勝利」だけではない。現実の厳しさと残酷さを知る大人も考えさせられるストーリー

 ワンピースの物語、前篇のクライマックスである「マリンフォード頂上戦争」。ルフィの兄である「エース」を救うため、ルフィ達を始め海軍と海賊勢が激戦を繰り広げた後、目前でエースを失ってしまうというシーン。
これまでの戦いでは、瀕死の重傷を負ったり絶体絶命のピンチを迎えたとしても最後の最後に怒涛のどんでん返しや復活を見せてきたルフィでしたが、今回はエースを助けるという目的が達成されることなく、目の前でその死を迎えてしまうことになります。全てのバトルで圧倒的な強さを見せてきたルフィ。
この戦いでも同様の力を見せ、ルフィだけでなく数々の屈強な戦士達が挑んだ中でエースを救うことができなかったというストーリー展開は、これまでのワンピースの流れとは異なるものとなりました。最後の最後にはどうにかなるといった、王道展開から外れた形となったのです。そしてその後、強い失望感と絶望感に陥ったルフィは自暴自棄に陥り、我を失ったように悲しみに狂うのです。これは物語上、ルフィが初めて味わった強烈な挫折でもあったのです。現実世界でも、抗ってもどうしようもならないということは数えきれないほどあります。
それを受け入れることは、人によっては大人になることであったり、また違う人によっては強くなることであったり、どこか淋しいことであったり、様々に解釈できます。ただ、それは生きていくうえで絶対に必要なことです。どうしようもならないことを受け入れる精神力。悲しみを乗り越えてなお、残された者がどう生き抜くか。現実世界でも、その時は誰しも必ず訪れます。
 
 また、多くの人が高い評価を出しているチョッパー編。一味の船医であるチョッパーを仲間にするまでの回ですが、ここでも現実を突きつけられるシーンがあります。チョッパーが自身の恩人であるDr.ヒルルクの病気を治すために行った行為が、逆に自ら死に追いやってしまうこととなり、それを知った同じく医者であるDr.くれはがチョッパーに言い放った一言。
 

 「優しいだけじゃ人は救えないんだ!!!人の命を救いたきゃ それなりの知識と医術を身につけな!!!腕がなけりゃ誰一人救えないんだよ!!!」(集英社:ワンピース16巻 第144話「雪物語」164ページより引用)

 
 優しさだけでは怪我は治らない。病気は治せない。命は救えない。その為には必要な知識と技術を身につけなければならない。一定の目的の為には、それ相応の努力とそれに見合った実力が必要です。そんな当たり前のことですが、いざその現実を突きつけられると誰しも目をつむりたくなるもの。
現実の厳しさと残酷さを伝えるのも、ワンピースのもつテーマの一つと言えるでしょう。大人が読んでも面白い理由は、この様に大人が深く考えさせられるテーマが盛り込まれているからではないでしょうか。子供にとっては単純に衝撃を受けるストーリー展開、大人にとっては大切なものを改めて考えさせられるストーリーとなっています。
 
 

仲間との絆や交流が、現代人の“孤独”に投げかけるメッセージとは

 物語の最初から一貫して「仲間」という存在に強く拘りを持って描かれているワンピース。時にぶつかりあい、救われ、そしてわかり合い、より強い絆で結ばれていきます。仲間の過去と対峙し、それごと今の仲間をも救い出すルフィのパワーに一味は絶対的な信頼を抱いているのです。

 現代に生きる人々は孤独を酷く恐れ、群れを成したがります。これは本当の仲間とも違うもので、表面上の付き合いであったり、傷のなめ合いであったり、麦わらの一味の様な強く信頼し合った仲というものではありません。また、掲示板やコミュニティサイトなどネット上だけの付き合いが増え、人間関係が気薄化しているともいえます。あなたには本当に信頼しあえる人がいるでしょうか。心の底から本音でぶつかり合うことが敬遠されたり、億劫になっていたりする時代です。
けれども一人でいるのは淋しい、だからなんとなく誰かと一緒にいる。淋しさを埋めるためだけの仲間は本当に理解しあえる仲間でしょうか。また、孤独を恐れている一方で、他人との関わりを面倒に感じたり敢えて深く関わらない様にしています。こうした時代の中で、ワンピースから感じる仲間の力というのは大きな意味を持つのではないでしょうか。
傷をなめ合うだけの弱々しい絆ではない、信頼という糸で繋がり、お互いを高めあえる強い絆を持ったものが本当の仲間であり友達である。これを冷めた目で見るのかメッセージとして受け取るのか。自分の生き方にプラスになるのがどちらか、言わずとももうお分かりでしょう。
 
 

最後に

 ワンピースファンの筆者としましては、何分偏った見方もありある意味では痛い解釈と捉えられるものもあったことでしょう。多少のファン心理を除いても、社会現象と言えるまでにワンピースが普及していることは事実と言え、その理由についても長々と述べましたが要は“読めばわかる”ということです。子供の頃に誰しもが持っていた夢や希望。
そんな未来を描く一方で過酷な現実を生きていかなければならない。大人になって夢を叶えた人、打ち砕かれた人、未だ夢の途中である人、全ての人に感じてもらいたいものがここにあります。

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